2008年01月25日

第30回目『フィッシングショー』

 釣具の見本市は2月上旬から3日間、大阪、横浜で行われた。広大な会場には各メーカーから、釣具関係のありとあらゆる新製品が出品され、1日5〜7万人の家族連れやバイヤーで埋め尽くされ、熱気と人いきれでむんむんする。

 私も数社からの要望を受け、釣り講師を約30年近く務めている。毎回、製品の説明や釣り技術を教えているが、全国各地からの質問なので戸惑うこともある。特に外国からのお客様には、語学力なさをさらけ出し通訳に頼り切る。それでも徳島は釣り先進県なので、大概のことは無難にこなしている。

 ルアー展示ブースには若者が多数集まり、有名プロから新技術を学ぼうと熱い視線を投げ掛けている。昔は参加者も地味なおじさんが中心だったが、若者が増えたおかげで釣り衣装はカラフルで、華美になり街着と遜色なくなった。近年女性や家族連れも増え、釣り堀や休憩コーナーで遊ぶ姿は微笑ましい限りだ。それだけ大衆化されてきたのだろう。

 都会では近郷に釣り場も少なく、大物を狙うには遠くへ出掛けなければならない。そのため労力と費用捻出にやりくり算段しているようだ。つくづく海、川に恵まれた徳島で育った幸せを感じる。


※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。


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2008年01月18日

第29回目『巨大魚』

 先月、室戸岬沖で体長1.8b、重量130`の巨大魚(クエの一種)が釣り上げられた。最近では珍しい大物なので徳島新聞にも掲載された。釣りの世界記録ではカジキが有名で、700`を越えるものが釣り上げられている。

 今から約25年前、奄美徳之島の海底洞窟で雄牛をしのぐほどのクエにダイバーが遭遇した。推定でも1dを越える巨体に恐れをなし、早々に逃げ帰った。この情報が後日新聞や釣り雑誌に寄せられた。
 それを見たグループが巨大魚釣り作戦を実施することになった。が、通常の釣具では太刀打ちできない。そこで空のドラム缶20本を並べてイカダに組み、竿はクレーンで代用し糸には金属ワイヤーを使った。ハリはバールを曲げて加工し、カツオを丸ごと1匹餌にした。

 結局は釣れなかったが、釣り人の大物に掛ける夢はとどまるところを知らない。巨大魚を見たという情報は全国各地にあり、和歌山県白浜では軽四輪車並の魚を、複数ダイバーにより確認されている。徳島池田ダム湖には2bを越えるコイ太郎が居ると言う噂もある。
 魚の成長は死ぬまで続くと言われているので、豊富な餌と環境が整えばあながち夢ではないかもしれない。グレの日本記録は84a、チヌは75aだが、私の記録は供に後15aほど届かない。いつかは記録更新をしてみたいものだ。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2008年01月11日

第28回目『深海の怪人』

 我輩は深海に住むアンコウだが、巷の噂ではグロテスクで悪食家と言われている。外観に似合わず鍋のネタとして根強い人気もあり、肝はアンキモとして美食家には垂涎のまとだ。また、水炊きの付けだれに入れれば濃厚な味わいが出て、野菜の味も一段と引き立ち美味くなる。
 竜宮城へは招待されたことはないが、遠くから乙姫様の姿を垣間見てファンになり、ほのかな恋心を抱いている。何時かはお目通りできたらと楽しみにしている。

 深海の住みかは太陽光線も届かないので暗やみだが、大きな口でエサを捕るには怪しまれず最適だ。気圧は物凄く沈んでくるカップラーメンの容器も、ままごとの容器並に圧縮されてしまう。パッポースチロールは浮く物と考えていたが、時間が経てば水を吸って沈んでしまうのには驚かされた。

 困ったことに最近住みかへナイロンや、ゴミが多数沈んでくる。先日もクラゲがファファ沈んできたので、喜んで丸飲みにしたらナイロンの袋だった。
 しばらく消化に手間取り、腹が痛くなったので慌てて吐きだした。度重なると生命にかかわるのでやめてほしいものだ。海の汚れは深海でも限界に近く、これ以上汚れると浄化作用が追い付かず取り返しが効かない。お互い共存共栄したいものだ。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年12月21日

第27回目『おめでたい魚』

  魚の王様を投票で選ぶとすれば真鯛が間違いなく上位へ選出されるだろう。それほど日本人は鯛好きだ。まず、全体的に堂々とした容姿と赤い色がおめでたい。とりわけとがった背ビレと長い尻尾が立派だ。食味も淡泊で万人に好まれ嫌みがない。
 昔より「人は武士、柱は檜の木、魚は鯛」などという。しかし語源は以外に単純で、平たい魚、タイラウオがなまって鯛になったと言われている。鯛科の特徴は背ビレと歯にある。背ビレのトゲが11〜13本あって、貝などを噛み砕く強力な臼歯がなければ鯛科に入れてもらえない。

 鯛科には日本近海だけでも10種類以上の仲間がいるが、それ以外にも姿や形が似ているものは300種以上いる。その中で最高の称号を称えられた鯛とは真鯛のことだ。
 全長1メートル以上に育ち40年は生きると言われている。鯛が赤いのはエサとなるエビ、カニに含まれるアスタキサンチンという色素によるそうだ。養殖鯛はエサにイワシを与え、浅海の生け簀で飼うから黒っぽい色になる。

 海外では意外と不評で高級魚の仲間に入れてもらえない。頭が大きく骨太く3枚下ろしなど、調理がやりにくく身も少ないからだろう。
 正月や婚礼料理では尾頭付きの焼き鯛が出されることがある。ほとんどは冷凍物で水分も少なく身も固く、箸も折れることがある。こんな場合は皿にのせ日本酒を振り、電子レンジでチンすれば柔らかくなり美味しく食べられるだろう。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年12月14日

第26回目『ハマチに化けた』

 昔々イノシシに遭遇した話題を取り上げてみます。磯釣りで有名な牟岐大島は周囲4キロ以上ある無人島だが、渡船で帰り際釣り客と船頭が騒いでいる。何事かと指さす方角を眺めたら、大きなイノシシが首だけ出し苦しげに泳いでいるではないか。
 大島にイノシシのつがいを放したことは知っていたが、長年通っているが見たことはない。崖から誤って転げ落ちたのだろう。急ぎ船を寄せたが海面を浮きつ沈みつ泳いでいる。立派な牙のある大物だ。生きたまま船へ上げれば大暴れして多数の怪我人が出る。

 仕方なく棒で突き仮死状態にした後、渡船へ引き上げたが重いこと重いこと推定70〜80キロはあるだろう。気が付いて暴れられたら困るので、ロープで両足をがんじがらめに縛り港へ運んだ。港では無線を聞いた大勢の見物人が詰めかけ騒然となる。
 もう誰も魚のことなど眼中にない。みんなでボタン鍋にする話が進んだが、猟期ではないので表立って解体できない。仕方なく船頭へ処分を頼み帰路に就く。

 翌週も釣りに出掛けたがボタン鍋はうまかった話で持ちきりだ…?が、一切れの肉も残っていなかった。その代わりハマチを一本いただいたがなぜかすっきりしなかった。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年12月07日

第25回目『魚のお医者さん』

 竜宮城にマンボーという魚がいる。他の魚に下半身を食いちぎられたような格好なので、泳ぐ姿はフラフラ頼りない。食事は波間に漂うクラゲをトコロテンのように喉の奥で越し、食べては横になりプカプカ浮かんでいる。
 サメに追われれば逃げ足が遅いので一溜まりもない。が、卵を数億個も産むので子孫は途絶えることもないのだろう。
 
 のろまな魚だが海のお医者さんと呼ばれ小魚たちに尊敬されている。実は体表面から体液を出し、小魚が傷口をすりつけると治す効果もある。そのため周囲には多くの小魚が集まりより添ってくる。

 今年は度重なる台風の襲来で竜宮城へ大勢の魚達が避難してくる。直撃を受けると海面上は五階建てのビルほどの高波も立つが、海底に潜れば静かなので安心だ。
 それでも逃げ遅れて怪我をする魚も多数いる。仲間から離れるとエサも獲れず可哀想だが死ぬことになる。
 竜宮城へたどり着けばマンボーに手当をしてもらえるのだが、残念ながら傷ついたまま荒波に揉まれ命を落とす。

 海は適度の荒れにより浄化作用も促進するが、度が過ぎれば災害を引き起こす。徳島市内は30年来の大雨で床下浸水したお宅も多数出た。天災は忘れた頃にやってくるというが、台風の襲来も程々にしてもらいたいものだ。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年11月30日

第24回目『イノシシとの遭遇』

 淡路島でのチヌ釣り大会に友人と参加することになり、夜半に車で会場へ急いだ。港近くでヘッドライトの中へ何かが飛び出した。急ブレーキを掛けたが間に合わず追突する。ゴロゴロとイノシシが転げて、山側の路肩へ激突し側溝に落ち動かない。
 てっきり死んだと思いイノシシへ駆け寄るが、ムックリと起き上がり体を揺すり毛を逆立てた。手負いのイノシシに怯え二歩三歩と後退し、脱兎の勢いで車へ逃げ込み様子を見守る。怒って体当たりされたら大怪我をするのは明白だ。
 100キロ近くの大イノシシは車にいちべつし、悠々と斜面を駈け上がり林の中へ姿を消した。友人と顔を見合わせ車外にでて、損傷具合を調べた。バンパー及び方向指示器が割れただけで安心する。時間が迫っているのでそのまま会場へ向かう。

 会場ではイノシシの話で持ちきりになるが、肉を換金すれば修理費を確実に上回るだろう。逃げたのは残念だったが、今日大漁になると慰められる。
 餌がなくなり里へ下りてきたのだろうが、野生の大イノシシはさすがに迫力があった。それでも民家の近くへ出没するのは危険きわまりない。

 この日の釣果は友人がチヌ45センチ級5匹で3位入賞、私はチヌ56センチで大物賞をいただいた。二人にとっては大当たりの1日だった。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年11月16日

第23回目『釣り人 気質』

 磯釣りは毎回魚が釣れるとは限らない。魚運に恵まれず空のクーラーを肩にトボトボ家路へ着くこともまれではない。帰りの車中でも仲間に取り残され、自分だけ不漁なら悔しく再度のリベンジを誓う。 釣れないときの苦しい言い訳は「釣り人が多く」魚の食い気が無かった。「波が高く」良い磯へ上がれなかった。「水温低下」で魚が深みへ避難し居なかった。自分の腕を棚に上げ他へ責任転換するのも常とう手段だ。
 度重なると妻と子供が連帯を組み、父さんたまには「お魚さんを釣ってきてよ!」と嫌みを言われる。久しぶりの大漁に恵まれると、足取りも軽く帰宅し寝ている子供を起こし見せたい衝動にかられる。

 釣り上げた魚の自慢話はだれかれなしに吹聴する。話の度に魚は成長を遂げ、数日中には倍の寸法となることもある。逃がした魚は後々まで記憶に残り、頭の片隅から離れない。
「寝ては夢、起きてはうつつ幻」で魚ごときに軽くあしらわれたことへ腹が立つ。
 今度こそはと手ぐすねを引き再度のチャレンジをするが、大抵は返り討ちに合いすごすご帰る。挑戦しても振られ続けるとやめようかと考えるが、忘れた頃に魚が釣れるので再び熱くなる。

 お魚さんが夢の中へ出てきて「おいで、おいで」と手招をするようになれば、重傷の部類で竿を握らないと納得できない。困ったものだ。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年11月09日

第22回目『防波堤のネズミ』

 津田木工団地の沖に一文字防波堤がある。ここはチヌ釣り場として有名で、周年を通じ関西圏からも多数の釣り人が訪れる。海に浮かぶ通称一文字は渡船を利用して釣りをする。
 陸から遠く離れたセメントの防波堤は積み上げたテトラで補強され、テトラの下には干潮時に人間が入れる空洞ができている。この穴へ釣りの最中、釣具を落とし取りに入った経験がある。
 ヤットの思いで釣具を回収し、暗やみの中で登り口を探した。周囲を見回すと木切れやハッポーなどゴミの山で大きな陰が動いた。驚いて目を凝らすとネコほどもある黒い物体がゴミの山へ次々に消えた。穴の中で不気味なネズミの目が光っている・・・!

 台風など波に沈むこともある防波堤で、ネズミは長年住み着き繁栄していた。釣り人の捨てた小魚やマキエサの残りを食って生き長らえていたのだろうか。生命力の強さには驚かされるばかりだ。
 ここへネズミは海を泳いで住み着いたのだろうか。切り立った防波堤へ海からどうやって登ったのだろう。それとも建設当時、作業船に乗り込み係留用のロープを伝い移り住み繁殖したのだろうか。どちらにしても大波をものともせず、生き延び繁殖する力強さには感服した。
 ネズミやゴキブリは天地異変で人間が死に絶えても、生き残るそうだが人間も負けてはいられない。英知を結集してよりよい社会を築きたいものだ。

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2007年11月02日

第21回目『出世魚』

 春は入学、進級、卒業、就職のシーズンで悲喜こもごもの人生模様を描きだす。竜宮城の魚にも稚魚から成魚へ成長するに従い、価値や呼び名まで変わる出世魚もある。その中で代表的なものはブリおじさん、スズキ君、ボラお姉さんなどだろう。

 ブリは九州北西海域で産卵し、稚魚は黒潮に乗り日本海側と太平洋側に別れて北上する。このとき流れ藻について漂流するので藻雑魚(モジャコ)と呼ぶ。ハマチ養殖はこれを捕獲し生けすで育てる。成長に伴いワカシ、イナダ、ハマチと呼び名が変わり60p以上でブリになる。旬は冬で正月料理の縁起物として珍重され刺身、焼き物にされる。 スズキは沿岸近くで暮らす魚で、稚魚は潮入川の下流域で育ちセイゴ、フッコ、スズキと名を変える。最長は1b以上になり河口部では最大魚の部類に属す。旬は夏で洗いが有名。

 ボラはオボコ、イナ、ボラ老大魚をドド呼ぶ。“ドドのつまり”という言葉はこれに由来する。卵はカラスミといわれ親より有名なので「トビがタカを生む」と同様の意味で使う。旬は冬だがカラスミは本州近海で獲れる卵は小さくて使えない。長崎以南で漁獲れる未成熟卵が必要なため長崎県で名産になった。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

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2007年10月26日

第20回目『サンマ サバ イワシ』

 サンマ、サバ、イワシなどは大衆魚と言われている。今年はサンマの当たり年で脂ののった大型サンマが安く買える。ところが数年来サバは高値が続き漁獲量も少ない。江戸時代からの漁業文献によると、増減周期は8年でこれを繰り返しているそうだ。数年後にはサンマが高嶺の花になりサバが安くなるだろう。両者は稚魚の時に同じプランクトンを食べ育つので片方が増えると一方は減少するそうだ。
 イワシは20年周期で増減しているという。最盛期には畑の肥料にするほど捕れていたイワシが、今や100分の1に減少した。価格は高騰しグラム値ではマダイよりも高価だ。原因には諸説あるが、海の汚れや稚魚の「チリメン」を捕りすぎるのも一因かもしれない。
 過去に3者が同じ時期に増えた記録はない。増加した個体が他者の稚魚を餌にしているからだろうか。

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2007年10月19日

第19回目『キスが臭い』

 南極オキアミはクジラなどのエサだが、高蛋白で無尽蔵に取れると言われていた。最初は食用の練り製品などに利用する計画だった。ところが製品に加工すると強烈な匂いで多量には食べられない。仕方なく現在では食用にボイルしエビセンや冷凍の野菜寄せ上げなどわずかに使われているだけだ。
 他に転用を試み養殖魚へ与えると、見る見る魚は成長し脂が乗り味も良くなった。ところが従来からのエサ 、イワシやサバの価格には到底太刀打ちできず少量が使われているだけだ。マダイだけは浅海で養殖すると、色は黒ずみ市場価値がなくなる。そこで赤く色付けするため特効薬替わりに使われている。

 釣りエサとしては安価で魚の食いにも優れ、冷凍で持ち運びも便利なので重宝され、現在ではなくてはならない存在になっている。需要は釣りと養殖で五分五分の状態だが、石油価格の高騰でオキアミ漁から撤退する企業も現れている。
 徳島のある企業がオキアミから色素を抽出し、化粧品の口紅を作るプロジェクトを立ち上げた。製品は鮮やかなピンク色で一日中色落ちせず申し分なかったが、残念なことに匂いをどうしても処理できなかった。目を見張るすばらしい色に刺激を受け男性が引き寄せられても、強烈な匂いに閉口し逃げられてしまう。折角ムードが盛り上がってもキスは出来ない。結局研究は失敗に終わった。

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2007年10月12日

第18回目『海洋深層水』

 高知県室戸岬へ釣りに出掛けた帰り海洋深層水の施設を見学した。深海から海水を汲み上げ食品、医薬品などに幅広く利用している。ペットボトル入り飲料水は一般にスーパーで販売されているのでお馴染みだろう。
 ここの施設は使用済み海水を元の海へ返還しているが、排水溝付近には海藻が茂り波打っている。海藻自体珍しくないが周辺海域に海藻はほとんどない。これを見ただけですごさがわかる。

 海洋深層水は北極海のグリーンランド付近で生まれ、深海海流となり約2000年近く掛け世界を周り、日本へ到達し沸き上がっている。現在汲み上げている海水はキリスト誕生時代に生まれた勘定になる。
 この海水はミネラル分など栄養素を多量に含み、温度は低く雑菌もほとんどない。日本では沖縄、高知、静岡、富山県などで、海岸線から急激に(200b以上)深くなっている深海より汲み上げている。
 これで魚や海藻を養殖すると成長が抜群に早く、しかも病気になりにくい。未知の資源だけに期待も大きい。深層水の水温は週年約9.5度、表層水は17〜26度なので、海水の温度差を利用して将来発電予定だという。
 それでも世界各地で過度に利用すると、地球の気温へ異常を起こす事態になるかも知れない。発明発見で生活は便利になるが、両刃の剣で後になって自然破壊や病気がまんえんし後悔することもある。しっかり研究し有効に利用してほしいものだ。

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2007年10月05日

第17回目『タイのタイ』

 マダイほどあでやかな姿と味で日本人に好まれる魚はない。なかでも瀬戸内海の明石や鳴門など潮流が激しい場所で、獲れるマダイは最高の品質とされている。淡泊な白身ながら豊かな風味を醸しだしサシミ、焼き物、煮物、わん物など多彩に調理されている。
 尾頭付の魚を食べていると体内にたくさん骨がある。骨はそれぞれの魚体により、独特の形をしている。この骨の中で魚によく似た骨があり、特に有名なのがタイの骨だ。タイの体中にあることから「タイのタイ」と呼ばれている。

 よく見れば頭、胴体、尻尾へ別れ、目玉やヒレなどもありどことなく魚に見える。この骨は胸ヒレの付け根にあり、ヒレは対であるから1匹の魚に2個ある。昔からお守りにして持てば幸運が舞い込むと信じられている。タイは魚の王様なので、魚釣りのお守りにすると大漁が望めるかも知れない。

 最近はマダイの養殖が盛んで、魚市場では養殖物の占める割合が、マダイ全体の6〜7割にもなっている。価格は天然物に比べて6分の1程度で、安定して出荷されるので重宝されている。天然物は2〜3日サシミで食べられるが、養殖物は明くる日に身が柔らかくなるので煮付けや水炊きにされる。

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2007年09月28日

第16回目『竜宮城のイカ』

 我輩は竜宮城に仕えるイカだがテレビやパソコン、携帯電話に広く応用されている液晶ディスプレーは、イカの身体が7色に変色することからヒントを経て考え出されたと聞く。
 自分では気が付かなかったが言われてみれば、エサを狙うときには周囲と同化し音もなく近づき襲いかかり、捕獲できると嬉しくなり虹のように輝く。天敵から身を隠すときには周囲の風景に溶け込み、隙を見てスミを吐き素早く逃走する。

 まるで忍者のごとく器用に体色を変化させるのを見て、人間が機械的に置き換え応用製作したものだろう。ブラウン管より格段に薄く鮮明で、置き場所を選ばないのが流行の原因だろう。
 人間社会では12月1日より地上デジタル放送が始まり、高画質のテレビが話題になっているようだ。液晶を発明した会社は商売繁盛で大儲けをしているらしいが、我輩へ一言の断りもなくけしからんことだ。

 竜宮城でも不況の波が押し寄せ「ヒラメ、タイ、ブリ」の大食漢は、エサの心配がない養殖場へ出稼ぎに出掛け、魚達の数は減る一方で淋しい限りだ。このままでは竜宮城も廃墟になってしまうかもしれない。乙姫様も頭の痛いことだろう。
 特許料の一部でもいただければ、海を浄化して竜宮城再建の経費もおぎなえ魚達も就職出来ると思うのだがいかがなものだろう。

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2007年09月21日

第15回目『サメとフカ』

 釣りのエサ取りはサシエを横取りするので邪魔な存在だ。ところが最近温暖化の影響かハリに掛かったグレやイサギを食ってしまう悪質なサメが出没して困っている。大口を開け鋭い歯で頭だけを残し切り取ったように奪う。
 折角苦労して釣った獲物をとんでもない奴だと怒ってみても、人間より大きな奴もいるのでどうすることも出来ない。足場の低い磯で横を泳がれると、ジョーズの映画を思い出し後退りしてしまう。沖にエサが少なくなったので磯に居着いたのだろうが、誤って海に墜ちれば命の保証はないだろう。
 腹が立つのでハリに掛かったフグを海に捨てると、人間の頭が入るほどの大口を開けて飲み込む。「ざまあみろ」と溜飲を下げていると、ガバーと水面へ出てきて吐き出す。二度目からはフグに見向きもしなくなる。賢い奴だ。昔はかまぼこの材料に利用されていたが、安価な北海産のすり身に押され需要は減少し、専門に捕る漁師も居なくなり数が増えたのだろう。
 「サメ」と「フカ」の違いは「浅目の海」でいる種類をサメといい。「深目の海」を泳ぐものをフカと呼ぶそうだ。深海フカの肝臓から取れる脂は、高級化粧品や医薬品に広く利用されている。また、フカヒレは中華料理に無くてはならない。この世に無用の長物はいないのだろう。

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2007年09月14日

第14回目『アユ』

 鮎釣りは史上最低の不漁で川にほとんど姿を見せない。一説によると初夏の低水温が災いし冷水病で大量に死滅した。その上、カラスによく似た海鵜が大群で水中へ潜り魚を食い荒らしている。釣り人は右往左往するが釣果は伸びず、早々に鮎釣りをあきらめた人も出ている。そのため天然鮎は入手難になり、市場では例年の3倍以上の高値取引が続いている。
 大昔より川をさかのぼる鮎の群れは、吉兆や豊凶作などの占い対象にされていた。そのため魚偏に占と書き、鮎と読むのだろう。世の中、不景気旋風は吹き荒れ倒産や破産が絶えない。バブルは弾けて幾久しいが、景気回復の兆しは見えない。ドロ沼に首まで浸かり身動きは取れない日々が続く。生活のゆとりがなくなるためか、人の心も荒み凶悪な犯罪や悲しいニュースが後を絶たない。来年こそは鮎の遡上(そじょう)が回復し景気も上向くことを願いたいものだ。

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2007年09月07日

第13回目『釣りと血液型』

 人間は顔や個性が違うように、血液型にも種類がある。日本人はA型40%、O型30%、B型20%、AB型10%の比率になるそうだ。
 血液型で釣りの最中にも取り組み方やひらめきに個性が出る。そこで小生が出会った釣り人から血液型で性格判断をしてみた。長所を伸ばし短所は改めると上達の早道につながるだろう。
 A型はセオリーを守り真剣に取り組むが、後一つ思い切りが足らない。真面目なのである程度の上達はするが発想力は乏しい。独創性に欠けるが良い師匠に恵まれると大成も夢でない。
 O型はチャランポランなところがあり喜怒哀楽も激しい。不漁続きだと落ち込みも激しいが、手のひらを返すように立ち直りも早い。見様見真似で釣り技を覚え上達も早く、自己中心的なのでおだてると力以上の活躍をする。
 B型は移り気であれこれ試すが、一貫性がなく長続きはしない。そのため尻切れトンボになり技の習得は遅れる。ところが要領良く他人の長所を取り入れ、そこそこの釣果残す。継続できると上手くなる人も多い。
 AB型は一般に考えられない独創的な発想で魚を釣るが、余りにセオリーを無視するため無駄も多い。たとえば、釣れないと仕掛けや釣り方をコロコロ替え、そのまま1日が終わってしまう。ごく一部の天才的な名人は出るが、多くは埋没してしまうようだ。

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2007年08月31日

第12回目『孫と釣り』

 夏恒例の行事で堤防へ小学生の孫2人を連れて釣りに出掛けた。足場が平らなので子供達が退屈し、ウロウロ歩き回っても安心できるからだ。当日、雑魚は釣れるが大物のアタリはない。

 その内、足元に70センチほどの黒い影が何匹もよぎった。カンダイだ。孫に指させば「おじいちゃん釣ってみたい!」と言う。道具箱に太いハリスが入っていたので、ハリを結び30センチ上へオモリを付けた。
 サシエに大粒のイガイを選び足元へ仕掛けを落とす。非力な子供が魚に引っ張り込まれ、竿を盗られては困るので、絶対に竿からは手を離すなと言い聞かせた。

 しばらく竿を上下していたがアタリはない。諦め掛けて横を向いた途端、私の横っ腹へドスンと孫が頭から突っ込んできた。何事かと急いで抱きかかえたが、竿を持ったまま堤防の端へグングン引き込まれて行く。自分の竿は投げ出し孫を抱えるが、手元から竿はアメのように曲がり魚は止まらない。バチンと音がしてヒラヒラハリスは宙を舞う。

 いきなりカンダイに引かれ、バランスを崩し孫もびっくりしたことだろう。顔は強ばり歯を食いしばり声も出ない様子で、私の顔を見詰める。危ない危ないもう少しで大切な孫を海へ落とすところだった。帰り際に親や家内には絶対このことを話すなと、固く口止めしたことは言うまでもない。

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2007年08月24日

第11回目『フグの毒』

 小魚ばかりがハリに掛かり本命の魚が釣れない。可哀想なので海へ返していたが、度々ハリスを切るので腹立ち紛れに磯へたたき付ける。すると波にさらわれ沖へプカプカ流れて行く。
 どこからともなくカモメやトンビが現れ器用にさらって行く。フグだったら上空から確認して飛び去ってしまう。間違って足でつかむことがあっても、必ず途中で離す。
 鳥類はフグを食えば確実に死んでしまうはずだが、親から子に「食べるな」と教えているのだろうか。それとも仲間が苦しむ姿を見て学習したのだろうか。小魚を追い補食しているハマチやカツオも、水面に浮いたフグを避け見向きもしない。
 あるとき1メートルほどの小型サメが水面に浮かんだフグを飲み込み、しばらく磯の周りを回遊していたが、口から吐き出すのを見たことがある。苦しくなったのだろう。
 フグにはテトロドトキシンという猛毒があり、微量でも人間を殺傷する。保身のため体外にも微量の毒を出し周りへ警報を発している。この毒を鳥は足で感じ学習し上空から見ただけで認識するからすごい。
 魚は唇で毒を感じ吐き出すのだが、卵で生みっぱなしのため、鳥ほど親子の絆は強くない。そのため口に入れてから吐き出すのかもしれない。人間がなくした本能を動物は持っているのだろう。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

posted by kozato at 08:57 | 日記


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