2008年05月30日

第47回目『魚の夫婦』

台風通過後に磯釣りに出掛けたが、荒れは収まらず沖磯へでられない。仕方なく船着き場で竿を出したが、しばらして仲間が「タマ、タマ」と声を枯らす。まさか釣れるとは思わず、タマの準備もまだだが急いで助っ人に走る。

濁った海面で大型魚は泳いでいるが、水面下へ潜るとまったく見えなくなる。ままよと目の前へ浮いた瞬間くい防波堤へ跳ね上げた。タマの中でバタバタとメジロが暴れている。
ところが仲間は竿を曲げ格闘の最中だる。何故・・・キツネにつままれた気分だが再度メジロをすくい手渡した。先にすく魚は当然私の獲物になったが、後の魚より一回りも大きく仲間は釈然としない様子だった。台風で避難してきた小魚を追って港へ入ってきたのだろう。

ハリに掛かり暴れる魚へ別の魚が寄り添うように泳いでくると、釣り人の間では「魚の夫婦」だろうと語られていた。よくよく観察していたら途中で苦しくなったのか、口からガバーと食ったエサを吐き出した。並走してきた魚は方向転換し吐き出されたエサを食べに走った。
そのとき釣り上げた魚は雄だったので、人間社会なら妻は夫の窮地を見捨てお金に走ったということになるが、魚には一夫一婦制度はない。多数が寄り集まり何十万単位で産卵し、海面を漂いながら稚魚に育ち湾内や磯場へ居着き成長する。そのため親子の絆や夫婦の愛情は希薄なのだろう。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。


posted by kozato at 10:26 | 日記


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