2008年02月29日

第35回目『下手の長竿』

釣りには下手の長竿といわれることわざがある。足元で魚をハリに掛けては何度も岩穴へ逃げ込まれるので、竿が「短すぎる」と考えた。それならばと沖を狙ったが沈み根へハリスが絡まり切られてしまう。竿がもっと「長ければ」かわせたはずだと地団駄を踏んだ。 そこで次回より長竿を使うことにしたが、重量が増し自在に扱い切れず、結果は魚をハリへ掛けることが出来なかった。取り込みには有利かもしれないが、魚が釣れなければ無用の長物になるという意味なのだ。

これらは竹竿時代の物語だが、現在の竿はカーボン素材で全長5メートル超でも200グラムを切るものも珍しくなくなった。そのため取り扱いが容易になり全長は1メートルほど長くなった。その上、振り出し式で持ち運びは格段に楽になった。
竹竿と比べれば格段の進歩で、価格も安価になり釣りを大衆化させた功績も大きい。しかし、超高級品は軽四輪車が買えるほどの高額製品も出回っている。趣味の世界にも、貧富の差が拡大しているのだろうか。

昔の企画から比べれば、現在の竿はほとんど長竿ということになり、下手の長竿ということわざは消滅した。それだけ長竿が有利なことは間違いないのだろう。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。


posted by kozato at 09:17 | 日記

2008年02月22日

第34回目『魚がいっぱい』

寿司屋のカウンターで湯呑みに書かれた「魚偏」の字を眺めていた。ふっと魚偏のつく字は幾らあるのだろうという疑問が湧いた。後日、図書館へ出掛け大漢和辞典で調べると679字もあった。その中で冗談のような面白い発見をした。

魚を上下に2匹つなげ「ギョ」と読み、連なって泳ぐ様子を表すとある。なるほど並んで泳ぐ姿が目に浮かぶ。3匹では「セン」と読み、新鮮な魚と言う意味がある。捕れたて山盛りの魚をイメージしたものだろう。4匹を探せば「ギョウ」と読み、魚が盛んなさまとある。水面近くで多数の魚が跳ねている様子を表したものだろう。

ここまであるなら5匹目は絶対大漁だろうと、予測を付けて探したが残念ながらなかった。魚の字画は11画なので5匹も連続して書けば、時間の浪費になるので取り止めたのだろうか。手間な字は簡素化されるのは自然の節理かも知れない。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

posted by kozato at 17:30 | 日記

2008年02月15日

第33回目『寒のブリ』

二、八月は商売が振るわない月と言われている。正月やお盆の行事で出費がかさみ、気候もよくないので遠出も控えるためだろう。海でも低水温で魚の動きは鈍く、深みに隠れほとんど移動せず網へも掛からない。そのため巷に出回る魚の種類や数は、他の月に比べて極端に少なくなる。

 そんな中で冬が旬の代表魚はブリだろう。ツバス、ハマチ、メジロ、ブリと名前を変える出世魚で体長1メートル以上に成長する。冬を乗り切るため身に脂を蓄え丸々肥えてくる。特に寒ブリは脂肪で身が鹿子模様になりサシミ、塩焼きにすれば酒の肴に最高だ。頭や骨はブリ大根にすれば飯のおかずに打ってつけだ。

 ところが春には蓄えた脂肪も残り少なくなり、痩せて身に虫が入りうまさも半減してしまう。初夏に暖かい海で産卵するのでお腹の卵も膨らみ、栄養状態が悪化すれば虫が付くのだろう。魚は旬を外せば食味も墜ちるという典型だ。

 しかし養殖ブリは不思議なことに虫も入らない。有り余るエサを食って体力が落ちないためだが、養殖地の水温も影響しているのだろう。毎年沿岸漁業は衰退していき養殖漁業にウエートが移っていく。ハマチに始まりタイ、ヒラメ、フグ、カンパチ、マグロまで多種に渡る。将来はほとんどの魚が養殖魚になるだろう。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

posted by kozato at 15:17 | 日記

2008年02月08日

第32回目『中国釣り見本市』

中国広東省で釣り講習会を二年前に開いた。そのときのよしみで北京へ招かれていたが、日程の都合上断り続けていた。今回は中国四千年の芸術作品を鑑賞したい一心から、紫禁城見学を条件に引き受けることにした。

見本市では中国全土から訪れるバイヤー相手に、講演と釣り技術の説明だ。日本のメーカーも広大な国土へ進出し、高額商品の売り込みに躍起になっている。人口は日本の十倍以上なので購買力はすさまじく、新製品へ群がる人波に圧倒される。

夜はお決まりの宴会だが、下戸なので乾杯は苦痛なのでひたすら食べることに没頭する。本場の北京ダックはパリパリとした食感で中国料理を堪能する。老酒を一杯飲んだせいかホテルへ帰っても身体がほてって寝付かれない。困ったものだ。

翌日は天安門広場から紫禁城の故宮博物館へ行く予定だったが、予期せぬ大雪に高速道路は通行止めで観光どころではない。お土産を探しに街へ出掛けても、禿げ頭と耳がヒリヒリ痛く、急ぎ帽子を購入し被った。この時ばかりは毛の少ない悲しさをつくづく思い知った。ホテルに帰りマッサージを頼んだが、強すぎて「参った」イタイイタイを連発する。

予定の四日は瞬く間に過ぎ帰途へ着くことになったが、人混みに酔い帰国してからもフラフラする。しかし、多くの友人を得て、少しでも見識を広められたことに満足している。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

posted by kozato at 09:42 | 日記

2008年02月01日

第31回目『自然のしっぺ返し』

人間は有史以後、食糧を確保するため農耕を始め、動物を家畜化し努力を重ね文明を育んできた。ところが、大量に飼育することで様々な弊害が出てきた。家畜化された動物が環境の悪化で毒を持ち、人間にしっぺ返しを企んでいるとしか思えない。

鳥インフルエンザは日本やアジア各地で猛威を振るい、養鶏場では多数のニワトリが死んだ。狂牛病に始まり鳥も安心して食べられなくなった。湖ではコイヘルペスが流行し、河川ではアユの冷水病が猛威を振るう。海ではマダイ、ハマチの養殖やフグや真珠貝にも病気が発生している。
これらはすべてゲージや網の中で大量飼育が行われている動物たちだ。大量飼育は少数が伝染性の病気に掛かると、瞬く間に種族全部へ感染する。そのため被害は甚大でほとんどが死に絶えることもある。

中世ヨーロッパでは城壁を築き、その中で大勢の人々が生活をした。するとペストやコレラが大発生して大部分の人々が死んだ記録がある。狭い場所で大勢の人が生活すると病気が蔓延してもくい止められない。人間の知恵や医学が発達することでこの弊害に気づいた。

動物の飼育は経費節減と作業の効率化を高めるため、今なお大量飼育が行われている。そろそろ飼育環境の改善を考える時期にきているのかもしれない。

徳島市内では木にぶら下がっているミノムシが減少している。市内でミノムシを探してもほとんど発見できない。また、スズメやカラスなども数が半減している。自然界まで病気が忍び寄ってきたのかもしれない。あるいは何かの前兆かと背筋が薄ら寒くなる。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。

posted by kozato at 10:31 | 日記


広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。