2007年11月16日

第23回目『釣り人 気質』

 磯釣りは毎回魚が釣れるとは限らない。魚運に恵まれず空のクーラーを肩にトボトボ家路へ着くこともまれではない。帰りの車中でも仲間に取り残され、自分だけ不漁なら悔しく再度のリベンジを誓う。 釣れないときの苦しい言い訳は「釣り人が多く」魚の食い気が無かった。「波が高く」良い磯へ上がれなかった。「水温低下」で魚が深みへ避難し居なかった。自分の腕を棚に上げ他へ責任転換するのも常とう手段だ。
 度重なると妻と子供が連帯を組み、父さんたまには「お魚さんを釣ってきてよ!」と嫌みを言われる。久しぶりの大漁に恵まれると、足取りも軽く帰宅し寝ている子供を起こし見せたい衝動にかられる。

 釣り上げた魚の自慢話はだれかれなしに吹聴する。話の度に魚は成長を遂げ、数日中には倍の寸法となることもある。逃がした魚は後々まで記憶に残り、頭の片隅から離れない。
「寝ては夢、起きてはうつつ幻」で魚ごときに軽くあしらわれたことへ腹が立つ。
 今度こそはと手ぐすねを引き再度のチャレンジをするが、大抵は返り討ちに合いすごすご帰る。挑戦しても振られ続けるとやめようかと考えるが、忘れた頃に魚が釣れるので再び熱くなる。

 お魚さんが夢の中へ出てきて「おいで、おいで」と手招をするようになれば、重傷の部類で竿を握らないと納得できない。困ったものだ。

※本コラムは小里哲也氏が氏の徳島新聞かわら版に2003年5月〜2007年2月に寄稿したものを順不同にて掲載させていただいたものです。


posted by kozato at 09:06 | 日記


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